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2016年12月23日金曜日

 吉備津の野山にも、ようやく冬らしい景色が辺りを覆い尽くすようになりました。そんな今日、向畑では、町内の有志の人達で、新しい年も、また、町内が和やかに過ごせますようにと祈りを込めて山上様の掃除をしました。その清掃を終えて帰る時、ふと見上げた吉備の中山が
 
 「ごくろうさん」
 と、声掛けしてくれているように思えました。その絵をどうぞ!!!

        

2016年9月17日土曜日

一万年も前から隠岐の人との交流があった吉備人

 昨日、  「吉備津には一万年も前から人が住んでいた証拠あります」  と書きましたが、そう説明してくださった先生から、なお、当時の吉備津の人々の不思議な出来事を聞きましたので追加しておきます。  ますはその写真を(カラーで)             この中の一番左側の真ん中に在る矢じりは黒曜石から造られたものだそうです。これ等を発掘された先生は    「この黒い石器は吉備津の辺りでは採れません。この石は隠岐島産です。ということは、一万年(?)くらい前には、もう吉備津の人は隠岐の人との交流があったと言うことなのですよ」     と、さも不思議なことのように話されておりました。  こんな昔から吉備津のひとは遠方の人と交流しながら生活していたと言うことが分かるのだと。  是も吉備津の自慢話のひとつだと思います。どう思われますか ?????  

2016年9月16日金曜日

一万も前から吉備津には人が???!!!御存じですか。

 吉備津の皆さんはご存じでしょうか。この前ちょっと県立図書館を覗いて見ました。その時、何げなく見つけた本ですが、この吉備津には、もう一万年以上も、それ以上も昔から人が住んでいた形跡が残っていたと云うのです。「そげえなこたあ あるはずがねえ」とお思いでしょうが、実際に在るのです。何処だとお思いでしょうか???  もう数十年も前の事なのだそうですが、あの西尾部落に在る上水道のタンクを設置する時に沢山の古い時代の石器が見つかったのです。よく調べてみると、それらの石器は、すべて縄文時代のものであるということが分かったのだそうです。その石器を写真でどうぞ!!!     ここで見つかった石器は、    「もしかして、あのマンモス像を狩りする時に使った石器かもしれませんよ。」  と、その時の発掘者は言っています。そんな土地が我が吉備津にも在るのです。ごぞんじでしたか!!!!!!                         

2016年7月24日日曜日

向畑の納涼「ビールでも飲むけえ」

 毎年、恒例の我が町向畑の、岡山駅前での避暑の催しが、昨晩、開かれました。  わいわいがやがやと、暑さが吹っ飛んだ??????会になりました。

2016年6月8日水曜日

梅雨空をはねとばしてくれるアジサイ

 鬱陶しい梅雨空です。でも、自然には、それを撥ねとばして、何となくの生活に爽やかさを与えてくれるものがあります。紫陽花然り、また、花菖蒲も。今、ホトトギスも中山辺りから、甲高い声をどよもして通り過ぎておりますおります。これまた、鬱陶しさを払いのけてくれる一服の清涼剤です。
 そのような自然を見てください。私の家の前の中田さんちのアジサイも見事です。





 
ついでにというわけではありませんが、私のちょっと遅咲きの花菖蒲も。「吉備の大王」という名を戴いております。
 


2016年6月2日木曜日

花菖蒲が咲きました

 私が育てている花菖蒲が、今年も、その可憐な花を開きだしました。吉備津駅の1番ホームから見えますので、ご覧ください。「綺麗だね」と、吉備津駅利用の人から声を掛けていただいております。





2016年5月29日日曜日

ホトトギスの初音では???

  今朝、3時か4時頃だと思いますが、吉備の中山あたりから、今年、最初のホトトギスの「テッペンカケタカ」の初音は聞こえてきたように思われました。「寝ぼけ耳」でしたので、はっきりと、それがという確信はありませんが。・・・・・・どなたか、お聞きになられた人はおられませんか。今年はちょっと、といっても4,5日早いだけですが、初音ではないかと思ったのです???どうでしょうか。

2016年5月28日土曜日

 昨日に引き続いて鳥の姿を写しました。今日飛び立ったばかりの巣立ちした小雀です。屋根の上でしきりに母親雀を、大きな口???を開けて、チィッチイと何回も何回も親を鳴き呼び寄せております。その小雀の近くを母親は飛びまわって、仕切りに飛ぶように催促しておるようです。と思う間に・・・・小雀も飛び立って私の視界から消え去ってしまうのです。そんなことを朝から何遍も繰り返しているようです。

2016年5月27日金曜日

 もう夕日が、大分西に傾いた時刻です。此の頃の私の運動不足解消にと、人並みに洒落て、近くをカメラを手にして散策しました。暫らく進むと、妹尾兼康の用水の側に一羽の「青鷺」です。時間があったので「此の青鷺はどうするかな」と、その後の行動を見ておりました。丁度、その時、向こうから、これも随分暇なそうな一人の紳士が散歩しながら、こちらに近ずいて来ます。
 その紳士と遭遇する刹那の青鷺は如何と???カメラを構えます。無心にシャッターを押します。その出来具合はと後から見てみますと、鷺が飛び立とうとする瞬間の足を上げた所はカメラの中にあったのですが、残念なことに、その飛び立つ瞬間の姿は、カメラの中には入ってはいません。我が腕の未熟さを嘆くばかりです。そのへたくそな、その時の鷺の様子を「ヘタクソだなあ」とお笑いながら見てください。



2016年5月15日日曜日

 今日は5月15日です。殆どの人はお忘れでは????と思いのですが、犬養木堂の暗殺された5・15事件の日です。84年も前の話になります。彼ほど平和ついて痛く心を悩ましていた人はいないと言っても過言ではありません。既に、78歳になっており、政界を引退して、長野県の片田舎で隠遁生活を送っていたのですが、その時の局面を打開するには「犬養木堂しかいない」と要望され、総理となって、再び、政界に引き戻されたのでした。その木堂が、かれの平和政策を遺憾とした軍部によって、1932年、5月15日、その銃弾に倒れたのです。
 その木堂の慰霊祭が、毎年、庭瀬の川入の生家とその墓地で行われております。今年も、その会に参加してきました。生家ではお琴の演奏も催され、その演奏を聴きながら御抹茶のサ―ビスも頂きながら、その遺徳を偲びました。

  




なお、一番上の写真は、吉備津神社にある朝倉文雄の木堂の銅像です。

2016年5月5日木曜日

 吉備津神社の造りは「比翼入母屋作り」(別名吉備津作り)と呼ばれていますが、この「比翼」というのは何だろうかとお尋ねした結果、アンサーとして

「葛飾北斎の北斎漫画三編にありますよ。」

 と、教えていただきました。早速、その三篇を見てみました。写真のような鳥なのだそうです。

 
 
 頭が二つ、尾が二つです。翼は、普通の鳥と同じで、二枚です。本来、鳥はすべて左右二つ翼があり、比翼なのが普通ですが、これを、特別に、普通の鳥と区別して、“比翼の鳥”と呼んでいるのです。この鳥は、驚くなかれ、翼を、一回羽ばたたせると,千里を飛ぶことができると云われる不思議な伝説上の鳥なのだそうです。(中国のお話です)
 でも、北斎の此の絵を見て居ると「一翼千里」なんて想像も尽きませんね???????

2016年4月27日水曜日

 今晩は!!!
 今日は昼からやや冷たい雨が降り、一段と周りの緑が映え輝いており、4月末の新緑の吉備の中山が鯉に化け、一入、そのしっぽを大きくゆするようにして優雅に空を泳いでいるように感じられます。そんな中に、吉備津神社のお屋根がまぶしそうに顔お覗かせております。「吉備津って、本当にいい所だなあ」と、感心しながら雨のお山を眺めていますと、知らないうちに私の時間が頭の中を通り越して過ぎて行ってしまいます。
 
 比翼入母屋造りの堂々としたお屋根が、私のいる部屋から、ゆったりと翠の雨の中に輝いて見えます。・・・・・・・「比翼」って「何だろうかな???」という思いが、突然に、今日の雨のように湧き出してきました。
  比翼というのは、鳥が翼を広げているような形をしているお屋根が比、つまり2つですが、棟に乗っているということらしいのですが、その語源って知っていますか。何でしょうかね??それに付いて、明日にでも、又、ネットで調べて、お知らせできればと思っております。

  比翼ですよ。どうして比翼なのでしょうか。何か由来でもあるのでしょうか。誰か、その語源について、知っている人がおられなら、お答え願えればと思うのですが。
 

2016年4月24日日曜日

 みなさんはご存知ですか???
先ず、これを見てください。  何だか分かりますか

  
  
 
 
 これは「吉備津杉尾西遺跡」から出土した、今から1万5000年ぐらい前の縄文人が使っていた、石で出来た「矢じり」です。マンモスなどの大きな動物を狩りしていた時に使った矢の先に付けていた石の矢じりです。鼓山にある貯水タンクの辺りから出土(2012年)したものだそうです。(岡山市埋蔵文化センターの研究員さんのお話です)
 なお、写真の2番目の一番左にある黒っぽい矢じりは「黒曜石」で作られております。この石は長野県の辺りで採れたものです。ということは、当時、既に、長野と岡山とが交易をしていたことが伺えます。何らかの方法で交流があったことを物語っているのです。
 
 そんな話をしに、鯉山小に、明日、行ってきます。

2016年4月14日木曜日

今朝の新聞に、福岡慎一という人の、「動的平衡」というコラムが載っておりました。彼は、ヒマラヤのケシやニューヨークの空の青が好きだと書いてありました。アメリカの空など見たこともないので、どのようなう美しい青色かは想像もつかないのですが、そなんに遠い外国に行かなくても、我々の周りにとても素敵な青が何時でも見ることができます。特に今の時期の青が素晴らしいのです。
 それは「オオイヌノフグリ」の花の青です。
 「フグリ」というのは「キンタマ」のことですから、この名前から、一般に、この草はそんなにも注目されることはないのですが、どうしてどうして、よく見ると、誠に「可憐な」と花びらを持つ可愛らしい何処にでも生えている雑草なのです。
 その青を写真で紹介します。もう一度見直していただきたいものだと思い書いてみました。

 この福岡先生、今朝のコラムの結びとして「美の起源は生命と直接結びついている。」と書いており、なるほどなあと深く思い、写真に写してきましたので見てください。

2016年3月30日水曜日

第3回吉備津栄西茶会開催日が3日後に迫りました。地区内外からの大勢の人々の、出来れば100人以上の、ご参加があればと願っております。看板も出来上がりました。これが、これからの吉備津の宣伝になればと思っておりますので、先ずは。地元のお方の多数のご参加をお待ちしているのです。

 その看板を見てください。

   

2016年2月12日金曜日

 鯉山小学校3年生の皆さんから、先日の「昔の道具を勉強しよう」という授業のお礼にと、とても可愛らしくて、そして、大変暖かいお手紙を頂きました。その一部を見てください。今、この微笑ましい御礼状に、感激しております






2016年2月2日火曜日

 私は、毎年、小学校3年生の「昔の道具を調べよう」という学習に参加しております。100年ぐらい前の日常の生活で使ったの道具に付いて調べているのだそうです。
 今年も洗濯盥や洗濯板、湯たんぽ、蚊帳、こたつ、下駄等を持って行こうと思っています。どなたか、「これは大変珍しい物だ。是非、子供たちに見せてあげたら」という道具をお持ちの方はいませんか。8日に教室に並べようかと思っていますので、ご協力していただけませんか。

 なお、私は、今年は、特に、五衛門風呂の蓋も探したらありましたので、持って行って子供たちを驚かしてやろうかと思っております。五衛門風呂は写真をと思っております。