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2017年10月19日木曜日

その写真を
11月4,5日と高松公民館で公民館祭りを開催します。歴史を楽しむ会では「高松の神々」と云うテーマで高松地区に祀られている神様を紹介します。私は吉備津神社に坐ます神について写真で紹介します。是非、見に来てください、この神社は吉備津彦命ヲお祭しているだけではありません、全部で八十一柱の神様がいらっしゃるのです。その全部をご紹介しておりますので。オヤこんな神様がこんあん所にと驚くような神様が祭られているのです。摂社や末社などがありますので確認して頂きたいと思います。

2017年8月27日日曜日

2017年8月2日水曜日

  朝顔を生けました。                                               

2017年7月26日水曜日

今年度の「高松歴史を楽しむ会」のテーマは「地域にある神社を探ろうです。吉備津出は吉備津神社の摂社と末社に付いて取り上げます。何かいい資料はありませんか。お教え願えたらと思っております。よろしくね!!!!!!

2017年3月16日木曜日

鯉山小学校卒業式の風景

 今日316日、鯉山小学校の平成28年度の卒業証書授与式が挙行されました。45名の心も体も大きく大きく成長した姿を誇らしげに体育館の壇上に披露して卒業証書を手にしておりました。入場から始まって、その一歩一歩の歩みの素晴らしさに、一人一人の返事の確かさに、授与された証書を受け取る態度の立派さに、お別れの言葉の大きさに、鯉山小学校を卒業して行く誇りが感じられました。よくぞここまでにと云う思いが、参加者全員に深く心に刻みつけられた感動を覚えた立派な式でした。
 「大空の彼方にある希望と云う大きな夢に向かって大きく羽ばたけ」
と、思わず叫びたいような気分で会場を後にしました。


2017年2月22日水曜日

「郎」と「右」が違っておりました。

 先日書いた千日墓地の記事で、ついうっかりして「片岡源五郎衛門」と書いてしまったのですが、
 「違うじゃねえか」
 と、ご指摘をいただきました。そうです。私の完全なる間違いです。本当は

              
                
                “片岡源五右衛門”

 が、正しいのです。間違いついでに、この人の人となりをご紹介しておきます。

 赤穂の「華嶽禅寺」にある墓石を見ると、「片岡源五右衛門」のは「吉田忠左衛門」「原惣右衛門」に次い、右側の列の第三番目に置かれております。御歳は三十七歳でした。それくらい身分の高いお人です。赤穂浅野家の重鎮だった証拠です。だからこそ、その息子までにも、父「源五右衛門」の禍が及び,死をも賜わらなくてはならないような家柄に生まれていたのです。そこで源五右衛門が考えたのでしょうか???二人いたその息子たちは、まだ十歳にも達しないような幼子です。親です。我が子の命を、必死に、守ろうとするのは当然です。そのためには、子供たちを僧籍に入らせるのが一番です。その為に選ばれたお寺がどうした訳かは分からないのですが、吉備津にある「普賢院」なのです。ここでどのような生涯を送ったかは不明なのですが、生涯を此の地で全うしたと伝えられております。
 そのお人の墓石が千日墓地に見ることができます。なお、もう一人いたご子息は船穂の鶏徳寺に預けられ僧籍にはいられ、これ又、生涯を此の地で過ごされたとか聞いております。
 
 そんな話も残っている歴史の町「吉備津」なのです。
 

 どうして吉備津なのでしょうか。その由は今のところ不明ですが、もしかして???と考えられるようなことがあたのですが・・・・・それに付いては話が長くなりますので、また次の機会に譲ります。今日はこれまでに・・・・・・

2017年2月20日月曜日

不思議な町“吉備津”

16日(木)に高松公民館主催の「ふらっと探訪in宮内・板倉」で吉備津の街中をぐるっと一回りしました。お宮さん、お寺さん、栄西さん、熊治郎さんを訪ね、板倉に残る江戸の面影の数々も訪ねてみました。千日墓地も訪ねる予定でしたが、あまりにも各場所での名案内でついつい時間が足らなくなり、やむなく中止にしてしまいました。
 ここには、四十七士の一人、ご存じ
            「片岡源五郎衛門の子息」
 のお墓があります。
 苔むした墓石に刻まれている消えかかっている字から、武家社会の無常さや悲哀さを一身に受け止めながら精いっぱいに生きていただろう一人の若者の姿を黒墨めの僧侶と云うそのお姿を想像しながらお参りするのも、亦、何となくゆかしげな気分にさせてくれるものですよ。
 一度訪ねてみてくだし。今を生きる私たちの姿を、再度、考えてみるいい機会でなないでしょうか???

2017年2月1日水曜日

板倉宿とは

 我々が、現在、住んでいる「板倉」は、たった150年ぐらい昔ですが、いったいどんな姿をしていたのだろうかその町並みをご想像したことはありませんか???街の喧騒、馬のいななき、いきかう旅人の息使い、町の人達の歩み、そんな途方もない空想の世界のような風景がいっぱいにそこら辺りに転がっていたと云われておりますが。
   「と言われても、そんなものは知らん」
 と、思われるお方が多いのではないでしょうか。どんな様相を見せていたのでしょうかね。

 でも、そのような昔の板倉の姿をとどめている面影が、現在、多くまだ残っていると云われております。この前、西町のあるお宅を訪ねました。貴重な昔を語る遺品を沢山目にすることができ、「板倉」のありし日の姿を垣間見る事ができ感動しました。
 まだまだ、沢山のそのような昔の板倉を語る遺品が、ひっそりと声をひそめるように、密かに、「かくれんぼ」をしているのではないかと思われます。
 

 そんな消えかかっている板倉を、今、私は捜しております。お知らせいただければ、ご一緒に、過去の板倉の扉を叩いてみようではありませんか。

2016年12月23日金曜日

 吉備津の野山にも、ようやく冬らしい景色が辺りを覆い尽くすようになりました。そんな今日、向畑では、町内の有志の人達で、新しい年も、また、町内が和やかに過ごせますようにと祈りを込めて山上様の掃除をしました。その清掃を終えて帰る時、ふと見上げた吉備の中山が
 
 「ごくろうさん」
 と、声掛けしてくれているように思えました。その絵をどうぞ!!!

        

2016年9月17日土曜日

一万年も前から隠岐の人との交流があった吉備人

 昨日、  「吉備津には一万年も前から人が住んでいた証拠あります」  と書きましたが、そう説明してくださった先生から、なお、当時の吉備津の人々の不思議な出来事を聞きましたので追加しておきます。  ますはその写真を(カラーで)             この中の一番左側の真ん中に在る矢じりは黒曜石から造られたものだそうです。これ等を発掘された先生は    「この黒い石器は吉備津の辺りでは採れません。この石は隠岐島産です。ということは、一万年(?)くらい前には、もう吉備津の人は隠岐の人との交流があったと言うことなのですよ」     と、さも不思議なことのように話されておりました。  こんな昔から吉備津のひとは遠方の人と交流しながら生活していたと言うことが分かるのだと。  是も吉備津の自慢話のひとつだと思います。どう思われますか ?????  

2016年9月16日金曜日

一万も前から吉備津には人が???!!!御存じですか。

 吉備津の皆さんはご存じでしょうか。この前ちょっと県立図書館を覗いて見ました。その時、何げなく見つけた本ですが、この吉備津には、もう一万年以上も、それ以上も昔から人が住んでいた形跡が残っていたと云うのです。「そげえなこたあ あるはずがねえ」とお思いでしょうが、実際に在るのです。何処だとお思いでしょうか???  もう数十年も前の事なのだそうですが、あの西尾部落に在る上水道のタンクを設置する時に沢山の古い時代の石器が見つかったのです。よく調べてみると、それらの石器は、すべて縄文時代のものであるということが分かったのだそうです。その石器を写真でどうぞ!!!     ここで見つかった石器は、    「もしかして、あのマンモス像を狩りする時に使った石器かもしれませんよ。」  と、その時の発掘者は言っています。そんな土地が我が吉備津にも在るのです。ごぞんじでしたか!!!!!!                         

2016年7月24日日曜日

向畑の納涼「ビールでも飲むけえ」

 毎年、恒例の我が町向畑の、岡山駅前での避暑の催しが、昨晩、開かれました。  わいわいがやがやと、暑さが吹っ飛んだ??????会になりました。

2016年6月8日水曜日

梅雨空をはねとばしてくれるアジサイ

 鬱陶しい梅雨空です。でも、自然には、それを撥ねとばして、何となくの生活に爽やかさを与えてくれるものがあります。紫陽花然り、また、花菖蒲も。今、ホトトギスも中山辺りから、甲高い声をどよもして通り過ぎておりますおります。これまた、鬱陶しさを払いのけてくれる一服の清涼剤です。
 そのような自然を見てください。私の家の前の中田さんちのアジサイも見事です。





 
ついでにというわけではありませんが、私のちょっと遅咲きの花菖蒲も。「吉備の大王」という名を戴いております。
 


2016年6月2日木曜日

花菖蒲が咲きました

 私が育てている花菖蒲が、今年も、その可憐な花を開きだしました。吉備津駅の1番ホームから見えますので、ご覧ください。「綺麗だね」と、吉備津駅利用の人から声を掛けていただいております。